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ぼんやりと白く、浮いたような街に雪が降る。
はあ、と白い息を吐いて、青年は薄明りを眺めていた。
 
無人の街。
ジオラマのように美しく、街並みだけが整えられた本丸。
初めて此の“本丸”を見た時ーーー、
白く巨大な石棺に、身が震えたのを憶えている。
たった一人の少女の為に、幾百、千もの月日を掛けて、彼は、
 
青年を、刀剣男士と呼ばれる彼らを喚び出しておきながら、決して“主”と呼ぶことを許さない彼の少年は、
 
「根深いよねえ…」
 
想いを馳せた、その所為だろうか。
「如何されました」と、件の“少年”は音も無く、気配も無く、彼の背後で微笑んでいた。
落ち着いた柔らかな、しかし一切の隙が無い声にも、
戦に慣れた、更には付喪神ですらある自分達にも気取れない其の存在感にも、
いつの間にか慣れてしまった、青年は事も無げに返事をする。
 
「少し夢見が悪くてね」
 
何も包み隠さずに答えると、僅かに興味深そうな、面白がるような声音が返る。
 
「刀も夢を見るのですね。…如何様な?」
「僕の名前の由来は知っているだろう?」
 
ああ、と少年は頷いた。
幼子を斬る夢であったと、直様理解したのだろう。
駆け寄って来る幼子を……
 
「其れがね、近頃おひいさまの顔をしていて……参ってしまうよ」
 
“主”と呼ぶ相手を、斬る夢だ。
 
「成る程…」
「怒らないかい?」
「いえ。憤慨する方も、此の本丸には居られましょうが。俺は…」
 
神妙に頷いた彼は言う。
 
「心中お察し致します」
 
思わず「へえ」と、素っ頓狂な声が上がった。
少年がそう言うのなら、何か察するに足る共通点があるのだろう。青年も、其れを疑わない故に、
 
「君も幽霊の夢を見るのかい?」
 
最も単純に、共通点足り得そうな事を口にする。
其れに対して少年は、ゆるりと首を振って答えた。
降る六つ花を瞳に映し、愛おしそうに手の平に迎える。
 
「いいえ」
 
穏やかな声は、変わることなく。
 
「いいえ。お嬢様を斬りました」
「…実際に?」
「はい。夢でも、幾度も」
 
後に誰を斬っても、拭われることも上塗りされることもなかった手の平の記憶。
当然だ。あれは彼にとって、唯一、“人間を斬った”記憶なのだから。
言葉を探す青年に、ふわりと微笑んで彼は目を向ける。
 
「もう随分昔の話ですがね。昨今は、眠る必要もありませんので」
 
ですから…と、彼は言う。
 
「心中お察し致します」
「そういえば、君もおひいさまも死人だったねえ」
「…はい。尤も…正確には、俺は少し異なるものですが」
 
初めて聞いた言葉に驚き目を向けると、彼はまた、遠い記憶と向き直るように目を閉じていた。
恐らくは、手繰り寄せるまでもないのだろう。
今朝の出来事と同じくらいに、鮮明に思い出せるのだろう。
噛み締めるように紡がれるのは、
 
後悔、懺悔、恨言恨言恨言……、
 
「おっと、いけない」
 
はたと我に返って、少年は自分の頭に手をやった。
「髭切殿などに見られたら、俺が斬られてしまいます」ーーーそう言って、彼は再び笑う。
 
「……おひいさまは、知っているのかい?」
「さあ、如何でしょう。勘の鋭い方ですから、気付いてはおられるかも知れませんね」
 
からからからと、愉しげな。
其の姿はあまり、記憶になかった。
一頻り笑って、少年は「失礼」と、
まるで此れ迄の一時こそが、夢であったかのように言う。
 
「刀にも冷えは良くないと言います。どうぞ、お風邪など召されませぬよう」
「偶には、風邪でも引いて心配されてみたいとも思うんだけどねえ」
「叩き折りますよ」
 
間髪入らぬ返答に、反射的に謝罪の言葉が出る。
冗談だからなどという、言い逃れは決して許されないだろうことを肌で感じながら。
 
「風邪など召されずとも、お嬢様はいつも皆様を案じておられます」
「君は?」
「生憎、俺は気を長く持っている方では御座いませんので…」
 
持ち合わせている、回せる、遣える“気”は全て、お嬢様のものですと彼は笑った。

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