忍者ブログ
2024/09     08 < 10  11  12  13  14  15  16  17  18  19  20  21  22  23  24  25  26  27  28  29  30  > 10
Admin | Write | Comment
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「鯰尾」
 
幾つになっても辿々しい、見目よりずっと幼い声音が耳を掠める。落ち着いた返事をした筈が、僅かに弾んだことに気付いた。
もう一人の主に見られていたら、呆れられていたことだろう。
 
「未結さん、書けました?」
「足りない」
 
膨らんだ頰。ほんの少しだけ目尻の高い、大きな猫のような目が、小さな手の平に握られた短冊を恨めしそうに睨んでいる。
背後に立って覗き込むと、よくもまあ、綺麗に書いたものだと感心するほどの。米粒のような小さな文字が、隅々までぴっちりと並んでいた。
 
「えーっと、」
「足りない」
「何を、お願いしようとしたんですか?」
 
彼女の後ろで胡座をかいて、両手をお腹の方に回すと
きちんと正座をしていた彼女は、当たり前のようにすとんと俺の足に座る。
 
「鯰尾と、」
 
まだ、不機嫌そうな声。
 
「九繰と、骨喰さんと。くーにぃと、小夜ねぇと、みつにぃと。鶴にぃと、爺様と、兄様と。あとちみさまと、あにさまと」
 
細い指が折れるのに合わせて、挙げられていくのは"家族"の名前。
 
「…小夜にぃと、蜂須賀さんと。お春ちゃんと、髭にぃと」
 
時折混ざる彼女ならではの呼び方は、未だ、慣れぬものも多く。聞くたびに、小さな笑みがこぼれたが、彼女は気にする素振りもない。
 
「まろんちゃんと、じゅってぃと、りんりんと、あと、さだちぃも」
「はい」
「いずみんも、ちーちゃも、かのこちゃんも、サニねぇも」
「はい」
「みんな…っ」
 
ぽたりと落ちた雫が、墨で綺麗に書かれた文字を滲ませた。
未だ、あまりに幼い彼女が、これまで手にしてこなかったもの。
知らず、過ごしてきたものを。
見てしまったら、ひとつとて、切り離すことも纏めることも出来ないのだろう。
 
「大丈夫ですよ、未結さん」
 
其れは少しだけ、寂しいけれど。
 
「ほら、実は俺、まだ願い事書いてないんです。足りなかったもう半分、こっちに書きましょう!」
「……でも、そしたら鯰尾のお願い書けない」
「やだなあ。俺は未結さんの守り刀ですよ? 未結さんの願い事が、俺の願いです」
 
貴女が、笑っていてくれるなら。
 
「……うん! ありがとう、鯰尾!」
「はい。あ、でも未結さんの短冊も、書き直さなきゃですよね……ちょっと待って」
 
刀帳を引き寄せて、頁を捲る。
一、二、三……短冊と見比べて、指折り数えながら。
 
「未結さんは、九繰さんと主たちと、お友達と此処まで。此処から先は俺。書けそうですか?」
「…うん!」
 
足の上から滑るように下りて、不似合いなほど大人びた文字を丁寧に書き付けていく。
下手な言い訳を捏ち上げて、彼女から取り上げたもう半分。
貴女の望みは、俺の望みだ。その言葉に嘘は無いけれど。
 
けれど。
 
一つだけ、俺だけの願い事も、
書き加えて、良いですよね?
 
「出来た!」
「俺もです。脚立持ってきて、いちばんてっぺんに飾りましょうか」
「うん!!」
 
貴女が終ぞ挙げなかった、
俺の大切な人の名も。

拍手[0回]

PR
Comment
Name
Title
Mail(非公開)
URL
Color
Emoji Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Comment
Pass   コメント編集用パスワード
 管理人のみ閲覧
| HOME |   NEXT >>
Copyright ©  -- 箱庭の屋根裏@かたなあそび --  All Rights Reserved

Designed by CriCri / Material by White Board / powered by NINJA TOOLS / 忍者ブログ / [PR]