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からからから…と、車輪の回る音がする。
すっかり慣れた、石の壁。角から顔を覗かせると、一人で動く椅子があった。
 
「手伝いましょうか、主さん」
「あら、有難う」
 
小さな両手が、車輪から離れるのを見て、ゆっくりと椅子を押していく。
何処へ向かえば良いかと問えば、書庫へお願いと返事があった。
  
「有難う。ついでに、着いたら本を取ってくださる?」
「勿論です」
 
ああ、良かった。と彼女は笑った。
主は片足を傷めている。立ち上がることは出来るけれど、歩くことは難しいらしい。
書庫まで行って、それから……一体どうするつもりで彼女はいたのだろう。日頃は、どうしているのだろう。
たとえば、もし。
………もしもの、話。あくまでも。
 
「主さん」
「なぁに?」
「あの、変なこと聞きますけど…主さんは、歴史……守りたい、ですか?」
 
声が、震えているのが分かった。
彼女の身丈は小さいけれど、背凭れの後ろ側からでは、流石に表情は見られない。
長い、永い数秒の空白。
気にしないで、て言おうと思った、済みません、と口にしかけたその時、小さな笑い声と共に冗談めかした言葉が返る。
 
「誰かさんに聞かれたら怒られそうね? 如何して?」
「いえ…ただ、ちょっと気になって。主さんは、思ったりしないのかなって…その、」
 
ほんの少しだけ、耳に挟んだ彼女の過去。
あまりの仕打ちにショックを受けたのは、恐らく自分だけではなかった。
同時に、霞のような疑問が脳裏に浮かんだ。浮かんでしまった。
何故、彼女は“その”歴史を、守る立場を選んだのだろう、と。
もし、歴史が変わっていたら……
 
「そぅね。確かに脚があったら、ワタシは貴方にこんな苦労を掛けなかったかもしれない」
「違うんです。その、」
 
苦労と感じたわけではないのだと、慌てて否定したけれど、言い訳には耳も傾けず彼女は笑って言葉を継ぐ。
それは正に、自分が不思議に思った事。
彼女はーーーこの姿で死に、今尚“死者”であると笑う主は、生きたいと、願いはしなかったのだろうかと。
  
「でも、脚があるワタシは、もしかしたら大人になるまで生きたワタシは、ワタシほどに幸せかしら? 今貴方と、こうして話をしている以上の幸せを、この歴史の上にないワタシはどうしたら感じられると思う?」
 
問い掛けられない質問に対する、此方の心の奥までも、見透かしたような綺麗な回答。
申し訳なさと不安が入り混じって、声が掠れたのが分かった。
酷な事を尋ねているのは此方なのに、自分の狡さが、嫌になる。
 
「幸せ…ですか…? こんな話…」
「あら。ワタシは幸せだけれど……では、貴方が幸せに思えるのは、どんなお話?」
「え、っと……うーん、何だろう…兼さ…あ。此間、兼さんたちと行った遠征先で」
 
「ええ」と相槌を打つ、彼女の声音は変わらない。
きっと、今話さなければ、思い出すこともなかっただろう些細な記憶。
現にもう、あやふやに解けかけていたものを、目を閉じて急いで手繰り寄せる。
彼女の、好んでくれそうな話を。
記憶に新しい、美しいものの話を。
 
「菖蒲の花を見たんです。それが、凄く綺麗で、主さんみたいで」
「ワタシ?」
「はい。少し青みが強くて」
「ワタシの肌の色、そんなに青いかしら?」
「背が高くて」
「ワタシ、小夜左文字より小さくてよ?」
「凜としてて、目を奪われるような…って。主さん、全否定ですね」
  
お気に召さなかったかな、とは不思議と思わなかったけれど、
あまりの言われように、思わず苦笑いがこぼれた。
ツンと澄ました、作り物のような抗議の声が返される。
 
「似てるようには聞こえないわ」
「確かに、あんまり似てなかったのかな…主さんみたい、って思ったんですけど…」
「でも、その日のお土産を貴方が選んでくださったのは分かった」
「僕…?あっ、そういえば」
  
偶々栞を見つけたから、土産に持ち帰ったのだ。菖蒲の彫りが美しく、兼さんも良いと言ってくれた。
覚えててくれたんですね。喜びと共に喉元に込み上げた言葉は、いつの間にか彼女が眺めていた其れによって上書きされて、
 
「使って…くれてるんですね」
「ええ。とても美しいのだもの。眺める為に本を開くの。読書なんて退屈だと思っていたけれど、此れを頂いてからはとても楽しいわ」
 
“有難う”が、重なる。僕の、照れ隠しの、彼女の、楽しそうな、笑い声と共に。
 
「ねえ、国広」
「はい」
「今、どんな歴史でも、…場所も時間も、全部探して」
「はい」
「ワタシより、幸せな人間がどこかに存在するかしら?」
「うーん……分かりません。けど、」
 
たとえ、どんなに素晴らしい方に、変えられた歴史の上であったとしても、
 
「いなかったらいいなって思います」

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海の中と見紛う程の、
一面の 蒼。

「此れは…」

言葉に答え、呼び声に応え
瞳を開けた付喪神は、其の光景に息を呑んだ。
遥か高い天井から吊り下げられた、大小様々な球体。
其の上を彩る蒼色には、光が散るような模様が描かれている。
円形の部屋には、重たげな扉はあるものの、窓らしきものは見当たらない。
壁に掛けられた釣鐘草のような模造の花が、恐らくは必要最低限の、明かりを部屋に与えている。
其の灯りに照らされた、奇妙な柄の壁紙。注視すると、其れは書物のようだと分かった。
重厚な机の奥に、豪奢な椅子。机上には数本の硝子製の筆やインク壺、雑多に広げられた紙類、其れに薄い奇妙な板があったが、其の役割は彼には分からない。
足元に目をやると、毛足の短い絨毯が、まるで夜空の上に人を立たせるように広がっていた。

「何とも……美しいね…」

溜息のような音が、喉から漏れる。
まったく無意識な独り言のつもりだったが、しかし答える声があった。


『成る程。わたくしの目に狂いはなかったと、そういうことだな』

はっきりと、しかし落ち着き払った……少年、だろうか。女性の声とも受け取れる。
ぐるりと辺りを見回したのは、声の主、そして此処に自分を顕現させたと思われる、そう、此れから仕えるべき主の姿が何処にも見当たらなかったからだ。

『主さま、声が!』
『分かっている。……ああ、済まんが今手が離せなくてな。焼成を始めたら其方へ行くから暫し待っていて貰えんか』

驚きながらも、分かったと言って頷くと、やはり声は届いている様だった。
『部屋の物には触れぬよう』ーーー忠告を、いや、此れが最初の"命"に当たるのだろうか。聞き入れて大人しく待っていると、ひどく重たげな見目とは裏腹に、軽やかに、するりと流れるように扉が開いた。
そして今一度、目を瞠る。

「待たせたな」
「いや、君が…その、」
「ん?ああ、背の高い成人男性が来るとでも思ったか? よく言われる事だが、済まんな。貴殿を待たせたのはわたくしだ」

驚いた。素直に、驚いた。
飾り気のない白い洋服を頭から被った其の人間は、自分の半分ほどの身丈しか無さそうな幼子だったのだ。
それが、あの声の主だったのだ。
彼、或いは彼女が口を開けば、先程の姿なき声と同様のものが紡がれる。

「一体…何をしていたんだい?」
「いや、何。折角貴殿を迎えるのだ。歓迎会でも開こうかと思ってな。……此処にはわたくししか居らんが」
「其れは……光栄だね」
「要らぬ世話だったか。まあ、何れにせよ食事は必要だ。少なくともわたくしの生命活動を維持する為には不可欠、つまり貴殿が顕現し続ける為にも不可欠だ。付き合って貰うぞ。……と、言いたいが、如何せん先程から其処の管狐が喧しい。先に其方に付き合ってやろうと思うのだが、貴殿は如何か」
「僕の主は君だ。主たる君が言うのなら、喜んで相伴に与るよ」
「結構だ。では其処の……こんのすけ、といったか。貴公の話を聞いてやろう」

そう言うと、主は飛び乗るように革張りの椅子に腰掛けた。
促され、改めて「こんのすけ」と名乗った管狐が此れもまた流暢に話し出す。

随分と、興味深い所へ送られたものだ。と、
彼は胸中で呟いた。

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半分創作、半分本当。実在せずに存在する幼馴染五人組で運営している本丸です。
「我々の本丸」というと、大抵此処のことを指します。



【鳩羽(はとば)】 初期組: 陸奥守吉行、五虎退

「お前らもう少し年上を敬えフリだけでいいから!」が口癖の本丸最年長。
面倒事は嫌いと言うが、苦労は尻尾振って寄ってくる。ついでに刀も寄ってくる。胃袋を掴んでいるので。恐らく苦労の胃袋もがっちり掴んでいるのだろう。
「苦労人同盟(所属メンバーは御手杵、獅子王、膝丸など)」や「駄目兄貴同盟(所属メンバーは明石国行)」など、多くの同盟に所属しさせられている。
「淡紅藤」とは義兄妹の仲。お兄ちゃんとは呼ばれない。
特に馴染みにくい刀ほど多くの手なずけているが、「鳩羽隊所属」と自他とも認めている刀は陸奥守吉行、五虎退、明石国行の三口のみ。
日本号や次郎太刀は飲み仲間。



【蝋(ろう)】 初期組: 山姥切国広

薬研藤四郎は「淡紅藤」に取られた。代わりに厚藤四郎を寄こせと言って貰った。
「鳩羽」の二つ下、「藍白」と同い年で幼馴染。「藍白」との付き合いは下手したら「白群」より長い。
雅力カンスト気味。落ち着き払った様子は時折「鳩羽」より年長に見えるほどだが、一応年上の「鳩羽」は比較的立てる方。そして余計に一目置かれる。
「蝋部隊所属」を名乗るのは、山姥切国広、厚藤四郎の他に長曾根虎徹、同田貫正国、蜻蛉切辺り。太郎太刀も大抵共に出陣する。見た目の迫力が半端ない。
なお、雅力カンスト…すなわち四季折々の茶と菓子を知り尽くしているため、三日月宗近や鶯丸、歌仙兼定など「藍白」部隊の面々ともよく茶会をしている。



【藍白(あいじろ)】 初期組: 歌仙兼定、小夜左文字

インドア派。つまり扉の中における平穏を保守するため、障害は全力を尽くして排除するタイプ。
「書生のような佇まいに騙されがちだが、奴は誰より喧嘩っ早い」とは幼馴染であり親友でもある「蝋」の言。
「白群」の実兄。要領のいい弟に振り回される苦労人でもある。
よく読書をしながらコロコロをかけている。本丸の掃除に厳しいが、手伝う刀にはあまり自分は食べないからと蝋の土産の茶菓子を分け与える。
「五月蝿えテメエら圧し折んぞ!!」の一言で、加州清光はかつて何故「蝋」が大和守安定に「藍白」の部隊を勧めたのか、そして「藍白」の部隊の刀がこの顔ぶれなのかを理解したという。
そんな「藍白部隊所属」の刀は、歌仙兼定、小夜左文字、大和守安定、堀川国広、一期一振など。江雪左文字や鶯丸、三日月宗近も宣言はしないものの「藍白」とよく共にいる。「蝋」の部隊とは反対に、蓋を開ければ恐ろしい部隊である。



【白群(びゃくぐん)】 初期組: 蜂須賀虎徹、今剣

「藍白」の実弟、二つ下。出陣先や情報の管理、伝達など本丸運営の事務的側面は主に「白群」が請け負っている。
「白群部隊所属」は蜂須賀虎徹、今剣、へし切長谷部、岩融、平野藤四郎、博多藤四郎辺り。フリーダムかつ我が強い。博多藤四郎は、金勘定のために「雇った」。
年少者だが、刀が特に意識せず「主」と言う場合は「白群」を指すことが多い。
仲間内では最も育ちのよさそうな口調だが辛辣。「愛情の持ち合わせがあったとしても僕は淡紅藤に使うから、君にあげられる分はびた一文も無いよ(笑」。
大らかな「鳩羽」とは、わりと良いコンビだったりもします。



【淡紅藤(あわべにふじ)】 初期組: 加州清光、薬研藤四郎

「蝋」と薬研藤四郎を取り合ったところから「淡紅藤」の審神者業は始まった。
「白群」と生まれ年がひとつ違う同学年。最年少の妹ポジション…よりも「本丸一男前」ポジションを確立している残念感。
「淡紅藤部隊所属」は加州清光、薬研藤四郎、前田藤四郎、物吉貞宗、骨喰&鯰尾藤四郎辺り。星は綺麗で風も気持ちいい。屍は見えない、で夜戦最高と思ってる。
仕方ないなと言いながら世話焼かれるのが大好き。何様か、と聞かれたら、姫様だ、と自分で言っちゃうおガキ様。悪いことは全部「白群」のせい。

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〈名前〉 九繰(くくり・兄) / 未結(みゆい・妹)
〈年齢〉 数えの12歳
〈誕生日〉 不明
〈身長〉 約135cm / 約130cm

〈初期刀〉 無し / 加州清光
〈近侍〉 骨喰藤四郎 / 鯰尾藤四郎
〈部隊編成〉 九繰: へし切長谷部・蜻蛉切・大和守安定・明石国行 他
                     未結: 前田藤四郎・物吉貞宗・浦島虎徹・獅子王 他

〈家族構成〉 互いの他には義兄2・義姉1

〈髪の色〉 月白 / 卯の花色
〈瞳の色〉 花緑青 / 牡丹色


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不意の“その子”の訪れに、木々は喜び、身を震わせた。
木霊は口々に報せを伝え、便りを携えて風が駆ける。
人を拒み、人が忌避する夜の霊山を慣れた様子で歩く童子は、此の山を守る神の愛子。
だが人の身である彼は、今、自らが受けている歓迎を、露ほども知らないだろう。
囁かれる言葉を、歌われる声を、伝えたら何と答えるだろう。ふと思い、そして打消した。
今尚幼いと言える童子を、より幼い頃から見てきたからこそ、
「ふうん」と、然程の興味も無さそうな声が容易く想像出来るのだ。
無関心では、無いのだろう。只、其れを知らないだけだ。
蚊帳でも張っているかのように、自身に向く好感に彼は気付かない。捨て子だったという、其の為か…?
幾度か考えはしたものの、童子本人が無自覚な以上、答えなど出る筈もなかった。

「此処で、いいよね。何?」

だから、
骨の折れる事だろう、と彼は思った。

「ああ」

倒木に腰を下ろす彼の横に立てば、彼の気を、手を引こうと待ち構えているような夜闇が見える。
其れを受けて、彼が其の中に身を投げようとしたのは何時だったか。

――否、あの時彼の気を引いたのは……

「……もしかしてさ、怒ってる?」

珍しく、話があると声を掛けられ、誰も寄り付かない場所へ来て――此の場所は、童子自身もよく覚えている――、風の音すらも止んだ沈黙を、童子はそう推論した。
“あの時”。意図は問われたが、答えると彼は怒るような事はなかった。けれど、口にしなかっただけで、本当は、

「違う」

言葉少なに、否定する。恐らく共に思い起こした、“其れ”はもう、過ぎた事だ。

「だが、関係はしている」

視界の端で、童子の背筋が伸びた気配がした。
お説教は苦手だと、彼は昔からよく口にする。
今から口にすることは、彼の苦手なお説教だろうか。

其れでも、いつか伝える必要があった。

「九繰」
「はい」
「……怒ってはいない」
「分かってるよ…」

強張った返事に、僅かな笑い声が漏れる。其れを聞くと童子も漸く、肩の力が抜けたようだった。
“何時も通り”、今は仕えるべき主君の左側に腰を下ろす。
彼が今更、許可など求める事もない。彼の行為を無礼だと、憤ったのは誰だっただろうか。

「ただ……頼みがある」
「頼み?」

珍しいねと、童子は首を傾げた。
拍子抜けした様子が、彼に、童子にとって最も信頼すべき刀に、先を促す。

「俺は、九繰の守り刀だ。主がそう、言った様に」
「うん」

確かめるような言葉に、首肯いて答える。忘れもしない、差出人不明の三つのお祝いが届く少し前。審神者と、其れに応える神として、こうして言葉を交わす前から共に在った。
彼は、

「応えてきた…と、思う」
「うん。ありがと、骨喰」

骨喰だけは、信じてる。嘘も飾りもない其の言葉に、控え目に彼は笑む。
だが、同時に。
自分が無ければ、そもそも彼は…九繰は、

「……嫌になった?」

答えが返る前に、童子は口にする。「ごめん」と。

「違う」
「本当?」
「共に在ると言った。俺は、お前が荼毘に付される時なら、再び焼かれても構わない」
「だめだ。嫌だ。僕は、僕は骨喰にだけは忘れられたくない」

膝の上で握り締めた拳と声が微かに震える。
小さく、刀は息を漏らした。

「分かった。待とう」

遠い未来の話だなどと、感じたことは一度もない。戦争などとは本来無縁の筈なのに、此の人の子は戦場に身を置き、何より此の霊山という、生死の狭間で生きてきた。
何時、死んでもおかしくはない。互いに、そう思うが故に、

「だが、一刻でも永く…共に、在りたいと思っている」
「うん」

見据える先には、あの深い闇。
記憶を失くすのは其れほどに辛いのかと、此の崖から飛び降りようとした。引き離されるなら死んだ方がマシだと言い、事実飢えて死に掛けるまで、部屋に籠城した事もある。
同世代の子供たちと比べ、彼は遥かに“強い”だろう。肉体的にも、精神的にも、ともすれば大人にすら勝る。
故に、危ういのだと知った。不揃いに、不規則に、積み上げられた足場は脆く、揺らがない時の方が珍しいから。

「人の身を得て、俺が手を伸ばせる範囲は広がった」
「うん」
「刀としてだけでなく、人としても九繰を守れる。だからこそ、」

静かに紡いでいた言葉が、ふ と途切れる。
グレーの手袋に覆われた、人間と同じ形の手の平に目を落とし、一言一句、壊物を扱うかのような口調で彼は続けた。

「手が、届かない事を…恐れるようになった」

只人に、扱われるままの存在であれば。自我を持ち、自由に動く四肢を持つことが無ければ、決して思いはしなかっただろう。
此れも致し方ない事と、何処かで諦めがついたのだ。伸ばせる腕が無いのだから。

「約束をして欲しい」
「うん」

どんな。頷いてから、首を傾げる童子の癖。聞き入れるつもりはある、という其の意思表示に幾らかの安堵を覚えたか、幼い主に向き直る。

「一つ、明らかに危険だと分かっている事は避けて欲しい」

大きく瞬きをした後で、無言で童子が指をさす。その方向に深く頷いた。

「戦場は?」
「構わない」

最も危険であろう戦場は、彼には寧ろ比較的安全とも思えた。戦いの場に相応しい身のこなしを彼は身に付けている上に、其処には刀の目が届く。どれも忠義に厚い刀達だ。誰かは、彼を守れるだろう。

「明らかに危険…じゃないかもしれない時」
「仕方ない」

童子が指を立て、条件を確認する。事前に判別可能な危険など、実際殆ど無い事を。
避けて欲しいが、仕方ない。童子は「分かった」と答えた。

「其れと、……未結が関わる場合」

二つ目に、約束をして欲しいこと。そう口に出した瞬間に、童子の表情が険しくなる。
未結――唯一血の繋がった妹が、危険に晒されるのならば、自身の生命など容易く捨てる。誰に、何を言われても、そうだろう事は今更確かめるまでもない。
其れでも何も言わないのは、彼を、此れ迄自分を守り続け、傍に在り続けてくれた唯一の刀、骨喰藤四郎という守り刀を深く信頼しているからに他ならない。
聞くだけは、聞く。続けて。無言の圧に応えるように、刀は一度頷いた。

「何に替えても、俺と兄弟が未結を守る。九繰は、九繰の身を守って欲しい」

其の時は、自分の手では守れないかもしれないから。

「…絶対?」

もう一度、今度はより深く頷く。“主”の目が不安げに揺れるのは、何時も彼の妹を案ずる時だ。軽い、羽のように無垢で、自由奔放な幼姫。彼岸と此岸の境目を、何時越えるかも分からない程。

「約束する。不安なら、兄弟も呼んで尋ねよう」
「…ん、いや、いいよ。大丈夫、分かる」

彼の兄弟刀であり、彼女の守り刀でもある小脇差。容易く想像出来た返答に、どちらからともなく笑い声が溢れた。

「絶対、何で訊かれるのか分からないでしょ。鯰尾」
「同感だ」

幾分軽くなった雰囲気の中、童子は「分かった」と、また頷いた。

「他には?」
「其れだけだ」
「そっか。…うん、約束する」
「…済まない」

立ち上がった童子の首が傾いた。何で謝るの、問い掛ける目に答えを返す。

「本当は…其の全てから、九繰を守るべきだと思う。出来ないのは、出来ない恐れがあると言うのは、俺の力が足りない所為だ」

だから、済まないと言った。
膝を土台に頬杖をつき、答えを聞いた童子は二、三、瞬きをする。

「鯰尾は」

ぽたりと落ちる、妹を守る刀の名。

「全部から、守るって言うだろうね。未結のこと」
「そうだな」
「良かった」

柔らかな笑みを見て、続く言葉を見つけられずに押し黙る。
しかし表情同様に、柔らかな声で紡がれた言葉に思わず「何」と声が上がった。

「あれ、もしかして骨喰も?」
「いや、主を監禁して守る趣味はない」
「だよね、良かった」
「兄弟が…甚大な誤解を受けている気がする」
「誤解かなあ」
「………」

何故、答えに窮しているのだろう。自分への問い掛けに自ら返した答えは、見なかった事にした。

「うん、別に責めるつもりはないよ。未結はそのくらいじゃないと、どっか行っちゃいそうだし。鯰尾で良かったと思ってる」
「そうか」
「うん、でも僕には合わないし、それで良いなら最初から全部骨喰に任せる。一緒に鍛錬なんかしない。痛いし」
「今日も吹き飛ばされたな」
「上達するのは受け身ばっかだ」
「悪くはない」
「そうだけどさー…」

強く、なれているだろうか。
彼らの主として、相応しく在れているだろうか。
自分には、

「骨喰は、強いから」

彼の所有者であるだけの、価値があるだろうか。

「俺の、身に起こった全てのことは」

手繰る記憶は、すぐに途切れる。
十年にも満たない月日は、失くした記憶に比べればあまりにも短く、其れでも、

「九繰を守るためにあったのだと、分かった」

幼い主君に仕え、彼を守り、共に歩む中で、
今尚思い出せずにいる、自分自身を取り戻したような感覚があった。

「俺は、」

“守り刀”だと、はっきり口にする度に、
いつからか自らの価値を深く噛み締めているような、安堵と誇らしさを覚えてきた。

「九繰を守れる、強い刀で良かったと思う」
「……うん。ありが―――」

条件反射のように口をつく、感謝の言葉がくしゃみに変わる。
主君の肩から上着を被せ、すぐに立ち上がり、手を差し出す。

「済まない、長く居すぎた。…戻ろう」
「平気だよ」

べつに、と笑って答えながらも、其の手を取って力を込めた。

風もないのに、枝葉が揺れる。
一時の、別れを惜しむ山の声は、童子の耳には届かない。

「九繰」
「んー?」

慣れきってしまっているゆえに、
其の影はすぐに其処から消えた。




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