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不意の“その子”の訪れに、木々は喜び、身を震わせた。
木霊は口々に報せを伝え、便りを携えて風が駆ける。
人を拒み、人が忌避する夜の霊山を慣れた様子で歩く童子は、此の山を守る神の愛子。
だが人の身である彼は、今、自らが受けている歓迎を、露ほども知らないだろう。
囁かれる言葉を、歌われる声を、伝えたら何と答えるだろう。ふと思い、そして打消した。
今尚幼いと言える童子を、より幼い頃から見てきたからこそ、
「ふうん」と、然程の興味も無さそうな声が容易く想像出来るのだ。
無関心では、無いのだろう。只、其れを知らないだけだ。
蚊帳でも張っているかのように、自身に向く好感に彼は気付かない。捨て子だったという、其の為か…?
幾度か考えはしたものの、童子本人が無自覚な以上、答えなど出る筈もなかった。

「此処で、いいよね。何?」

だから、
骨の折れる事だろう、と彼は思った。

「ああ」

倒木に腰を下ろす彼の横に立てば、彼の気を、手を引こうと待ち構えているような夜闇が見える。
其れを受けて、彼が其の中に身を投げようとしたのは何時だったか。

――否、あの時彼の気を引いたのは……

「……もしかしてさ、怒ってる?」

珍しく、話があると声を掛けられ、誰も寄り付かない場所へ来て――此の場所は、童子自身もよく覚えている――、風の音すらも止んだ沈黙を、童子はそう推論した。
“あの時”。意図は問われたが、答えると彼は怒るような事はなかった。けれど、口にしなかっただけで、本当は、

「違う」

言葉少なに、否定する。恐らく共に思い起こした、“其れ”はもう、過ぎた事だ。

「だが、関係はしている」

視界の端で、童子の背筋が伸びた気配がした。
お説教は苦手だと、彼は昔からよく口にする。
今から口にすることは、彼の苦手なお説教だろうか。

其れでも、いつか伝える必要があった。

「九繰」
「はい」
「……怒ってはいない」
「分かってるよ…」

強張った返事に、僅かな笑い声が漏れる。其れを聞くと童子も漸く、肩の力が抜けたようだった。
“何時も通り”、今は仕えるべき主君の左側に腰を下ろす。
彼が今更、許可など求める事もない。彼の行為を無礼だと、憤ったのは誰だっただろうか。

「ただ……頼みがある」
「頼み?」

珍しいねと、童子は首を傾げた。
拍子抜けした様子が、彼に、童子にとって最も信頼すべき刀に、先を促す。

「俺は、九繰の守り刀だ。主がそう、言った様に」
「うん」

確かめるような言葉に、首肯いて答える。忘れもしない、差出人不明の三つのお祝いが届く少し前。審神者と、其れに応える神として、こうして言葉を交わす前から共に在った。
彼は、

「応えてきた…と、思う」
「うん。ありがと、骨喰」

骨喰だけは、信じてる。嘘も飾りもない其の言葉に、控え目に彼は笑む。
だが、同時に。
自分が無ければ、そもそも彼は…九繰は、

「……嫌になった?」

答えが返る前に、童子は口にする。「ごめん」と。

「違う」
「本当?」
「共に在ると言った。俺は、お前が荼毘に付される時なら、再び焼かれても構わない」
「だめだ。嫌だ。僕は、僕は骨喰にだけは忘れられたくない」

膝の上で握り締めた拳と声が微かに震える。
小さく、刀は息を漏らした。

「分かった。待とう」

遠い未来の話だなどと、感じたことは一度もない。戦争などとは本来無縁の筈なのに、此の人の子は戦場に身を置き、何より此の霊山という、生死の狭間で生きてきた。
何時、死んでもおかしくはない。互いに、そう思うが故に、

「だが、一刻でも永く…共に、在りたいと思っている」
「うん」

見据える先には、あの深い闇。
記憶を失くすのは其れほどに辛いのかと、此の崖から飛び降りようとした。引き離されるなら死んだ方がマシだと言い、事実飢えて死に掛けるまで、部屋に籠城した事もある。
同世代の子供たちと比べ、彼は遥かに“強い”だろう。肉体的にも、精神的にも、ともすれば大人にすら勝る。
故に、危ういのだと知った。不揃いに、不規則に、積み上げられた足場は脆く、揺らがない時の方が珍しいから。

「人の身を得て、俺が手を伸ばせる範囲は広がった」
「うん」
「刀としてだけでなく、人としても九繰を守れる。だからこそ、」

静かに紡いでいた言葉が、ふ と途切れる。
グレーの手袋に覆われた、人間と同じ形の手の平に目を落とし、一言一句、壊物を扱うかのような口調で彼は続けた。

「手が、届かない事を…恐れるようになった」

只人に、扱われるままの存在であれば。自我を持ち、自由に動く四肢を持つことが無ければ、決して思いはしなかっただろう。
此れも致し方ない事と、何処かで諦めがついたのだ。伸ばせる腕が無いのだから。

「約束をして欲しい」
「うん」

どんな。頷いてから、首を傾げる童子の癖。聞き入れるつもりはある、という其の意思表示に幾らかの安堵を覚えたか、幼い主に向き直る。

「一つ、明らかに危険だと分かっている事は避けて欲しい」

大きく瞬きをした後で、無言で童子が指をさす。その方向に深く頷いた。

「戦場は?」
「構わない」

最も危険であろう戦場は、彼には寧ろ比較的安全とも思えた。戦いの場に相応しい身のこなしを彼は身に付けている上に、其処には刀の目が届く。どれも忠義に厚い刀達だ。誰かは、彼を守れるだろう。

「明らかに危険…じゃないかもしれない時」
「仕方ない」

童子が指を立て、条件を確認する。事前に判別可能な危険など、実際殆ど無い事を。
避けて欲しいが、仕方ない。童子は「分かった」と答えた。

「其れと、……未結が関わる場合」

二つ目に、約束をして欲しいこと。そう口に出した瞬間に、童子の表情が険しくなる。
未結――唯一血の繋がった妹が、危険に晒されるのならば、自身の生命など容易く捨てる。誰に、何を言われても、そうだろう事は今更確かめるまでもない。
其れでも何も言わないのは、彼を、此れ迄自分を守り続け、傍に在り続けてくれた唯一の刀、骨喰藤四郎という守り刀を深く信頼しているからに他ならない。
聞くだけは、聞く。続けて。無言の圧に応えるように、刀は一度頷いた。

「何に替えても、俺と兄弟が未結を守る。九繰は、九繰の身を守って欲しい」

其の時は、自分の手では守れないかもしれないから。

「…絶対?」

もう一度、今度はより深く頷く。“主”の目が不安げに揺れるのは、何時も彼の妹を案ずる時だ。軽い、羽のように無垢で、自由奔放な幼姫。彼岸と此岸の境目を、何時越えるかも分からない程。

「約束する。不安なら、兄弟も呼んで尋ねよう」
「…ん、いや、いいよ。大丈夫、分かる」

彼の兄弟刀であり、彼女の守り刀でもある小脇差。容易く想像出来た返答に、どちらからともなく笑い声が溢れた。

「絶対、何で訊かれるのか分からないでしょ。鯰尾」
「同感だ」

幾分軽くなった雰囲気の中、童子は「分かった」と、また頷いた。

「他には?」
「其れだけだ」
「そっか。…うん、約束する」
「…済まない」

立ち上がった童子の首が傾いた。何で謝るの、問い掛ける目に答えを返す。

「本当は…其の全てから、九繰を守るべきだと思う。出来ないのは、出来ない恐れがあると言うのは、俺の力が足りない所為だ」

だから、済まないと言った。
膝を土台に頬杖をつき、答えを聞いた童子は二、三、瞬きをする。

「鯰尾は」

ぽたりと落ちる、妹を守る刀の名。

「全部から、守るって言うだろうね。未結のこと」
「そうだな」
「良かった」

柔らかな笑みを見て、続く言葉を見つけられずに押し黙る。
しかし表情同様に、柔らかな声で紡がれた言葉に思わず「何」と声が上がった。

「あれ、もしかして骨喰も?」
「いや、主を監禁して守る趣味はない」
「だよね、良かった」
「兄弟が…甚大な誤解を受けている気がする」
「誤解かなあ」
「………」

何故、答えに窮しているのだろう。自分への問い掛けに自ら返した答えは、見なかった事にした。

「うん、別に責めるつもりはないよ。未結はそのくらいじゃないと、どっか行っちゃいそうだし。鯰尾で良かったと思ってる」
「そうか」
「うん、でも僕には合わないし、それで良いなら最初から全部骨喰に任せる。一緒に鍛錬なんかしない。痛いし」
「今日も吹き飛ばされたな」
「上達するのは受け身ばっかだ」
「悪くはない」
「そうだけどさー…」

強く、なれているだろうか。
彼らの主として、相応しく在れているだろうか。
自分には、

「骨喰は、強いから」

彼の所有者であるだけの、価値があるだろうか。

「俺の、身に起こった全てのことは」

手繰る記憶は、すぐに途切れる。
十年にも満たない月日は、失くした記憶に比べればあまりにも短く、其れでも、

「九繰を守るためにあったのだと、分かった」

幼い主君に仕え、彼を守り、共に歩む中で、
今尚思い出せずにいる、自分自身を取り戻したような感覚があった。

「俺は、」

“守り刀”だと、はっきり口にする度に、
いつからか自らの価値を深く噛み締めているような、安堵と誇らしさを覚えてきた。

「九繰を守れる、強い刀で良かったと思う」
「……うん。ありが―――」

条件反射のように口をつく、感謝の言葉がくしゃみに変わる。
主君の肩から上着を被せ、すぐに立ち上がり、手を差し出す。

「済まない、長く居すぎた。…戻ろう」
「平気だよ」

べつに、と笑って答えながらも、其の手を取って力を込めた。

風もないのに、枝葉が揺れる。
一時の、別れを惜しむ山の声は、童子の耳には届かない。

「九繰」
「んー?」

慣れきってしまっているゆえに、
其の影はすぐに其処から消えた。




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