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「鯰尾」
 
幾つになっても辿々しい、見目よりずっと幼い声音が耳を掠める。落ち着いた返事をした筈が、僅かに弾んだことに気付いた。
もう一人の主に見られていたら、呆れられていたことだろう。
 
「未結さん、書けました?」
「足りない」
 
膨らんだ頰。ほんの少しだけ目尻の高い、大きな猫のような目が、小さな手の平に握られた短冊を恨めしそうに睨んでいる。
背後に立って覗き込むと、よくもまあ、綺麗に書いたものだと感心するほどの。米粒のような小さな文字が、隅々までぴっちりと並んでいた。
 
「えーっと、」
「足りない」
「何を、お願いしようとしたんですか?」
 
彼女の後ろで胡座をかいて、両手をお腹の方に回すと
きちんと正座をしていた彼女は、当たり前のようにすとんと俺の足に座る。
 
「鯰尾と、」
 
まだ、不機嫌そうな声。
 
「九繰と、骨喰さんと。くーにぃと、小夜ねぇと、みつにぃと。鶴にぃと、爺様と、兄様と。あとちみさまと、あにさまと」
 
細い指が折れるのに合わせて、挙げられていくのは"家族"の名前。
 
「…小夜にぃと、蜂須賀さんと。お春ちゃんと、髭にぃと」
 
時折混ざる彼女ならではの呼び方は、未だ、慣れぬものも多く。聞くたびに、小さな笑みがこぼれたが、彼女は気にする素振りもない。
 
「まろんちゃんと、じゅってぃと、りんりんと、あと、さだちぃも」
「はい」
「いずみんも、ちーちゃも、かのこちゃんも、サニねぇも」
「はい」
「みんな…っ」
 
ぽたりと落ちた雫が、墨で綺麗に書かれた文字を滲ませた。
未だ、あまりに幼い彼女が、これまで手にしてこなかったもの。
知らず、過ごしてきたものを。
見てしまったら、ひとつとて、切り離すことも纏めることも出来ないのだろう。
 
「大丈夫ですよ、未結さん」
 
其れは少しだけ、寂しいけれど。
 
「ほら、実は俺、まだ願い事書いてないんです。足りなかったもう半分、こっちに書きましょう!」
「……でも、そしたら鯰尾のお願い書けない」
「やだなあ。俺は未結さんの守り刀ですよ? 未結さんの願い事が、俺の願いです」
 
貴女が、笑っていてくれるなら。
 
「……うん! ありがとう、鯰尾!」
「はい。あ、でも未結さんの短冊も、書き直さなきゃですよね……ちょっと待って」
 
刀帳を引き寄せて、頁を捲る。
一、二、三……短冊と見比べて、指折り数えながら。
 
「未結さんは、九繰さんと主たちと、お友達と此処まで。此処から先は俺。書けそうですか?」
「…うん!」
 
足の上から滑るように下りて、不似合いなほど大人びた文字を丁寧に書き付けていく。
下手な言い訳を捏ち上げて、彼女から取り上げたもう半分。
貴女の望みは、俺の望みだ。その言葉に嘘は無いけれど。
 
けれど。
 
一つだけ、俺だけの願い事も、
書き加えて、良いですよね?
 
「出来た!」
「俺もです。脚立持ってきて、いちばんてっぺんに飾りましょうか」
「うん!!」
 
貴女が終ぞ挙げなかった、
俺の大切な人の名も。

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「……まだ、悩んでいるのか」
 
縁側に腰を下ろし、細長い紙と筆を玩ぶ姿に声を掛ける。もう日が変わると付け足すと、「分かってるよ」と彼は答えた。
聞き慣れた、何処となく生意気な声音。
恐らくは堰を切ったように溢れ出すであろう、文句を聞くために横に座る。
 
「大体さ、」
 
彼の言葉の端々に、ほんの一言、二言、三言。
淡白な、少なくとも時折そう評される相槌を混ぜながら、止め処ない愚痴に耳を貸す。
嫌悪感を抱いたことはない。
 
「べつにこんなの、書かなくたって」
 
その愚痴は、評価の証だ。
彼の家族を、彼の生を、今を、
満たされていると、評価しているが故の。
 
「僕はお前がいればいいし」
 
彼の守り刀である、自分を、
 
「鯰尾とかはさ、『じゃあずーっと一緒にいられるように、お願いすれば良いじゃないですか』とか言うけど」
「…駄目なのか?」
「要らないだろ」
 
信ずるに値すると、評価している其の証。
 
「そうだな」
「骨喰は?」
 
若草に似た色の大きな瞳が、興味深そうに瞬いた。
何の話かと首を傾いで答えると、「何、書いたの」と同色の爪が短冊を指す。
すっかり失念していた其れを見て、思わず「ああ」と声を上げた。
 
「九繰が、無茶をしないようにと」
「書き直せ」
「……冗談だ」
 
信じられないと言いながら、下駄を突っ掛けて飾られた笹に手を伸ばす。
低い所に下がっているのは、其の殆どが短刀の。二枚、三枚と書き付けた者もいたようで、枝は重そうにしなっている。
徐々に伸ばされていく、未だ幼い主の腕。
ぴんと伸ばした其の指先は、いつか、恐らくは程なくして、自分の其れを越えるのだろう。
履いた下駄から踵を離し、天を仰ぐように、首を反らせて、
 
「………見つかんない」
 
不満げな呟きが、耳に届いた。
 
「当然だ。俺も書いていない」
「先に言え!」
 
乱暴に砂利を踏みながら、腹を立てても、しかし律儀に戻って来る。
何時も。
其方が此の身を手放せば、……恐らくは、考えた事も無いのだろう。
一度たりとも。其れこそが、
 
「俺の願いは、此の手に叶えられている」
 
此の頼りない幼子の、しかし誰よりも強い主君たる彼の、
守り刀で在ることが。
其の手に、活かされていることが。
今唯一の望みなのだと。
 
「……じゃあ、もうこれ書かなくて良くない?」
 
縁側に残された白紙の短冊。其の横に筆を並べて置くと、終わり終わり、と肩を回して
 
「骨喰、散歩行こう。見つかったら面倒臭いからさ」
 
出会った頃より随分と、大きくなった手が差し出される。
分かった、と頷いて、慣れた温かさを握り返した。

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○ 響、奏とも友人関係。

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○ 鉄壁のうさフード。「小兎」の命名は髭切であり、本名等はすべて不明。近侍であり教育係である小狐丸ならもしかしたら知っているかもしれない。

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